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某ネットから転載します。
山内賢さん死去、和泉雅子ら300人参列 2011年9月26日(月)08:00 (サンケイスポーツ) グルメや旅番組のリポーターとしても活躍した俳優、山内賢さん(本名・藤瀬賢晁=ふじせ・のりあき)が24日午前4時53分、肺炎のため入院先の都内の病院で死去した。67歳だった。8年間にわたり肺がんと闘い、入退院を繰り返していた。25日に東京・杉並区の築地本願寺和田堀廟所で通夜が営まれ、かつての日活青春映画で共演した舟木一夫(66)、和泉雅子(64)らが参列した。 山内さんは眠るように息を引き取った。看取ったのは妻の敦子さん(56)と27歳と24歳の息子。最期の言葉は亡くなる2日前、家族を前に語った「みんなに感謝」だったという。 晩年は壮絶ながんとの闘いだった。ヘビースモーカーだった山内さんは2003年に左肺腺がんが見つかった。摘出手術を受けたが、06年に右肺小細胞がんを発症し、2度の手術を受けた。昨年には左肺に再びがんが見つかり抗がん剤治療を受けたが、3月には脳に転移。今月13日に高熱で緊急入院、24日に容体が急変し帰らぬ人となった。 1955年、小学校5年の時に映画「あすなろ物語」でデビュー。64年の映画「うず潮」では吉永小百合(66)と共演した。70年代以降はテレビに進出し、テレビ朝日系で79年から85年まで放送されたドラマ「あばれはっちゃく」全5シリーズに先生役で出演、人気が定着した。 71年から始まった日本テレビ系グルメ番組「ごちそうさま」の初代リポーターとしても活躍。旅番組でたびたびリポーターを務めた。闘病中も2年前までミュージカルに出演するなど仕事を続けていた。趣味は釣り。先月末にはハゼ釣り用の道具をそろえ、零戦の模型を完成させるなど楽しんできたが…。 通夜には約300人が参列。山内さんと共演映画が多く66年にはデュエット曲「二人の銀座」をヒットさせた和泉雅子は「訃報を受けて、まさかと思った。67歳はちょっと早い。もったいないですね」と沈痛な表情を浮かべ、「天国で裕ちゃん(石原裕次郎さん)らと『日活の会』を作って待っていてほしい」と話した。 他に舟木一夫、藤竜也(70)、松原智恵子(66)らが参列。葬儀・告別式は26日午前10時半から同所で。
アサヒドットコムから引用します。
中高年のファンがぎっしり、舟木一夫公演の魅力を探る 2011年8月29日 2012年に芸能生活50周年を迎える歌手、舟木一夫の特別公演が、大阪の新歌舞伎座で開かれた。公演は20日間休むことなく続けられ、ほとんどが昼夜2回の公演。中高年のファンで満席状態の劇場に足を運び、人気の理由を探った。(アサヒ・コム編集部 橋本正人) 公演は2部構成で、第1部は芝居の「銭形平次~蛍火の女~」。婚礼を目前にした娘がいる饅頭屋に、突然、博徒たちが押し寄せる。主人が賭博で抱え込んだ借金の返済を迫って店を荒らし、娘を渡せと迫る。岡っ引きの銭形平次(舟木)が間に入り、いったん博徒らは引き上げるが、その親分は何者かに殺される。饅頭屋の主人が犯人として逮捕されるが、平次はある女性が真犯人ではないかと推察する。実の母であると打ち明けられない女が、娘のために犯した罪。牢獄に運ばれる途中の女を襲って刺し、さらに娘を手に入れようとする暴漢たちに平次は…、というストーリー。 平次役の舟木は66歳だが、両手に十手を持った「二丁十手」で悪漢どもを相手に大立ち回りする姿は、若い共演者に負けていない。もともとハンサムな顔に時代劇の舞台化粧が映え、舞台に登場する女たちが平次に熱を上げるのも、思わず納得してしまう。 第2部の「舟木一夫オンステージ」では、舟木が派手なカクテルライトを浴びて登場。1曲目を披露した後、会場の通路に花束や紙袋を抱えた女性たちが腰をかがめて並び、2曲目を歌う舟木に1人ずつ握手をして花束などを渡してゆく。舟木は歌いながら抱えきれないほどの贈り物をステージ上のテーブルに並べてゆく。中央通路のファンが終わると、その左側の通路のファン。その後は一番左、さらに元に戻って中央左、中央、右側の通路…と、ファンのプレゼントは果てることなく続く。やがて、舞台上は、花束と紙袋などの贈り物の山で埋めつくされてしまった。整然とした観客の行動は、ファンの組織力の強さを表しているように感じた。 歌は大ヒットした「高校三年生」をはじめ、「絶唱」「学園広場」「高原のお嬢さん」などお馴染みの曲が続く。バックコーラスの3女性をはじめ、ギター、ピアノ、フルートなどの音色が舟木の歌を背後から支える。最初は背筋を伸ばして固い表情で聞いていた客席の男性も、プログラムが進むにつれて口もとが動きはじめる。隣席の女性は手拍子をしながら熱心に歌っている。アンコールの後、明るくなった会場で席を立ちながら、白髪の男性の1人が「何十年か前にタイムスリップしたみたいだな」と連れの女性に声をかけていた。 舟木は舞台上のトークで「流行歌は、その歌がヒットした時にリアルタイムに聞いていた人、その世代のものと言い切ってしまってもいいかもしれない」と話していた。1960年代に流行した学園ソング、青春歌謡に親しんだ世代にとっては、舟木は自分の青春を象徴する歌手。会場で舟木と同じ空気を吸っている観客は、舟木を通して若い頃の熱い思いが体の中によみがえったように感じるのではないか。舟木一夫公演の人気の理由は、そんな「若返り体験」にあるように思えた。 ![]() ![]() < 前のページ次のページ >
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